両馬川旧跡(その2)|たちはら整形外科・肩とスポーツのクリニック|明石市人丸前駅の整形外科・リハビリテーション科

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両馬川旧跡(その2)|たちはら整形外科・肩とスポーツのクリニック|明石市人丸前駅の整形外科・リハビリテーション科

両馬川旧跡(その2)

播磨サイクリングロードには、平忠度と岡部六弥太が川を挟み馬上で対峙している壁画があります。両馬川の名称の所以です。

平忠度は平清盛の異母弟(末弟)であり、武芸だけでなく歌道にも長けた武人でした。

1184年2月7日、一ノ谷の戦いで敗れた平忠度は塩屋から海沿いを西に向かって逃れますが、源氏方の岡部六弥太に見つかってしまい、両馬川で戦いになります。大力であった忠度はわずか三太刀で岡部を組み敷き首を取ろうとしますが、後方から追いついた岡部の郎党に右腕を切り落とされてしまいます。忠度はもはやこれまでと観念し、念仏を唱えながら清い最期を遂げました。

その箙には「旅宿の花」という題で一首の和歌が結びつけられていました。これによって岡部は、討ち取った武将が忠度であることを知ります。

この、武人と歌人との対比や潔い最期が日本人の心に響き、平家物語を中心に語り継がれてきたのでしょう。

この忠度最期の舞台となった両馬川でクリニックを開院できることは、とても光栄なことだと感じています。

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